【トロッコ問題】「トロッコ問題、選択できることの幸せ」【見捨てることに目を向ける】

2023年9月13日

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(21)【トロッコ問題】「トロッコ問題、選択できることの幸せ」【見捨てることに目を向ける】

トロッコ問題とはなにか?

どうも光彦です。
本日は「トロッコ問題」について語りたいと思います。

まずトロッコ問題とはなにか?について説明します。

 

 トロッコ問題とは??(ウィキペディアより)

線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。
このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに
避ける間もなく轢き殺されてしまう。

※画像の人数は、上の線路に人が2人ではなく5人いるものとして見てください。

そしてA氏が以下の状況に置かれているものとする。
この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。
A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。
しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、
5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。
A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?

(引用元はこちら→ウィキペディア「トロッコ問題」

 

つまり「5人を助けるために他の1人を殺してもよいか?」という問題です。

必ず5人が死ぬか、1人が死ぬかの状況で、主人公であるあなたは、どちらかしか選択できません。
ちなみに「なにもしない」ということは、5人が死ぬ選択になります。

この問題に「正解」はないと言われています。
多くの人は「1人を犠牲にして5人を助けるべきだ」という選択をするようです。

一見、5人を助けるほうが正解に思えますが、

①もし線路にいる1人が自分の愛する人、または肉親だったり自分と関係深い人物である場合、
1人を助けて5人が死ぬ選択をする、というのも有りです。

または

②「私にはこのトロッコの方向を切り替えることはできるが、私はこの選択肢を選ぶ規範がない」というのであれば、
なにもせず5人が死ぬのを見届けるのも有りです。

つまり②は「マニュアルがないから動けない」という意見ですね。

光彦のコメント~選択できることが幸せである~

どうも光彦です。
ここからは僕がトロッコ問題に対して、
自由に語らせていただきます。

このトロッコ問題のような極端な状況は現実では体験できないと思います。
しかし、「どちらを選んでもデメリットはあるけれど、どちらかを選ばなければいけない」という状況は、
現実世界にいくらでもあります。

たとえば・・・

フクロウ
津波が襲ってきました、 家から出て、山のほうへ逃げれば助かります、 しかし山のほうへ逃げれば家の荷物は津波で海に流されてしまう。 だが、今逃げなければ自分の命が危ない。 家の荷物か自分の命かどちらを選ぶか。

みたいな状況ですね。いやこれは、あんまり経験しないか(;^ω^)

ではこんなのはどうだろう??

インコ
友達が、誰かの愚痴を言ってきた。 友達の味方をすると、その誰かを敵に回すことになる。 しかし、友達の愚痴に反発すると、 友達の機嫌を損ねる。 友達の愚痴に乗っかって、友達と一緒に誰かへの悪口を言うか? それとも、友達と嫌な雰囲気になっても良いとして、意見に同意しないか?
にゃんこ
ブログを書いたり、youtubeの動画をアップロードしても、利益が出ない可能性があるので、やらないという道を選ぶか?
やってみないと利益が出るかどうかもわからないので、やるという道を選ぶか?

そういう状況はリアルにあるんじゃないでしょうか?

そう考えた時に、僕が思うのは
「選択できるって幸せだよね」ということ。

現実世界では、寝てても起きててもぼーっとしてても、気絶してても時間は勝手に流れています、その中で「選択肢があるのにも関わらず、選択肢に気づかないで問題をやり過ごす」ということもたくさんあるわけですから。

たとえば友達が愚痴を言ってきた場合、「助けて」のサインを送ってきているのに、無視するかのように流してしまうとか、
「そうだね、そんなことよりさ」とか言って違う話題に変えてしまうとか・・・
そうやって選択肢が迫ってきてるのに、向き合えないパターンがありますよね。
真剣な話を冗談だと捉(とら)えてしまったりね。

そうだから「迷わず選択できるって幸せだなぁ」と、僕は感じたわけです。

全てを助けようとすることで、失敗することもある

もう少し話は続きます。

前述のように「選択肢があるのにも関わらず、選択肢に気づかないで問題をやり過ごす」時もありますが、
人はロボットではありませんので、善意も正義感もあります。
ですので、選択肢を選ばずに、みんなが幸せになる形に持っていこうと考えることも多くあります。

僕の前回の日記「日記メモ13「妻子2時間ほったらかし…高橋源一郎(毎日新聞)」2023/09/11【人生相談】」では、

ひよこ
「5歳と3歳の子どもがいて夫と共働きです。 夫の職場に先日、若い米国人女性がインターンに来て、私たち家族と神社に行きました。 夫は女性と2人で参拝や観光。私と子どもは駐車場近くで2時間過ごしました。 後で心細かったと伝えると、夫は「皆のためにやったのに」とすねていました。 その態度に悲しくなります。(31歳・女性)」

という感じで、夫は「皆のためにやったのに」と言ってます。
全員を救おうとして、結局、妻を傷つけています。
「ここは捨てて、ここは助けよう」と選択することもできたはずなのに、全員を助けようとして、失敗しているんです。

優柔不断というやつですね。僕もよくあります(笑)。

「救う」ことに焦点が向きがちなんですよね、
「見捨ててもいいことはなにか?なんだったら見捨てることができるか?」に目を向けるということも、大切だと気づかされます。

 

というわけで今日はこのへんで終わりにさせていただきます。
お読みいただきありがとうございました!

次回もぜひ見てくださいね。

2023/09/13(水)光彦より

※ちなみに僕はトロッコ問題に関しては、1人のほうを死なせて、5人を助けます。



 

 




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